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名古屋繁華街の飲食店の売却の相談
        愛知と三重に4店舗を展開する経営者の思い

お店を売却したいのですが、相談にのっていただけないでしょうかと
電話を頂いた。
早速、伺ってみるとまだ開店して3年3か月という。
その飲食店は設備も新しく女性客でにぎわっていました。

88坪122席の広い店内は開放的なオープンキッチンで、女性に人気のおしゃれ
なお店です。
社長は60歳そこそこの元気な方でした。
「実はこのお店を開店したことによって、既存の三重県のお店が手薄に
なりましてね、売上か゛下がって危機的な状況に陥ったので、名古屋の
お店を手放そうと思いますが。」

三重県には津と四日市に二店舗を経営しているが、名古屋にお店を始めた
ことで社長の住まいも名古屋の店に近い場所に移転。
津店・四日市店と少し離れた名古屋店ではなかなか管理がむつかしい。

重要な役割を担っていたお店の幹部3人が、内部のトラブル
で突然辞めてしまったから大変です。
何としてでもその店の売上を戻さないと・・・

そこで決断したのが名古屋のお店を売却することに踏み切ったのでした。
「私は60歳すぎたら第一線から退きたいと考えていまして」と社長。
60歳はまだ若いです。
しかし、全力で戦ってきたM社長は晩年はゆっくりと過ごしたい、
そんな人生観をもっていたのです。

決して名古屋のお店が繁盛してないわけではありません。
経営が順調なうちに売却を検討する
それが得策でもあるのです。
ダメになってからでは売却もままならないからです。
命がけでやってきたお店です。
好い方に経営を引き継いでもらいものです。







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by hrconsul | 2017-06-09 19:26
コンサルNSP大阪集会でスーパーホテル会長が講演
       コンサルNSP9月集会大阪にて「スーパーホテル会長講演」

   朝晩は少しずつ秋風が吹いて涼しくなってまいりました。
   ご無沙汰しております。
   2月に買収した新事業の再建に超多忙で余裕のない日々を過ごしております。
   
   今回のNSP集会は9月10日(土)~11日(日)に大阪での開催でした。   
   大阪に事務所を持つNSPのメンバーが幹事となって、大阪を満喫しようと開かれた
   ものです。実は私も幹事のはしくれなのですが、大阪の街をしらない
   ものですから何もできずについていくだけでした。
   
   今回の大きな目的は、スーパーホテル会長 山本梁介氏の講演を聞くことと、大阪の
   街を満喫することです。コンサルNSPの定例集会は年2回実施しています。
   今年6月には、新潟にて不定期の会を開催し多くのメンバーが参加
   しました。
     
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            スーパーホテル会長 山本梁介氏
   創業者のスーパーホテル会長 山本梁介氏は
   船場の繊維問屋のぼんぼんとして生まれ家業を閉じた経験を持つ。
   「あの頃は家業を閉じようと何度も思った。
   そのたびに先祖に申し訳ない」という思いが頭をよぎり、なかなか言い
   出せなかったという。
   
   繊維問屋を廃業し、ウイークリーマンション経営からホテル業界に参入して
   今では、全国に約110か所を展開するスーパーホテル株式会社は、
   ITの積極的な活用により、破格の宿泊料金を実現し話題のホテルです。
   
   ホテル業界の非常識に挑戦し、客室に電話を設置せず、
   ノーキー・ノーチェックアウトシステムを導入。
   いろんな苦労を経験し、それを乗り越えた山本会長のお話は、
   素晴らしいものでした。

   そして、夜の食事は「鯨料理とハリハリ鍋の徳家」で美味しさ満喫です。
   久しぶりに鯨料理で大阪の食文化を満喫させて頂きました。
   法善寺横丁を散歩しながら、夜の道頓堀の雰囲気を味わいました。
   
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           NSPメンバーと前列左から三人目が筆者
   大阪と言えば「通天閣」に「あべのハルカス」何と言っても大阪の街を歩いたことの
   ない私ですからわくわくしてきました。
   大阪の街はどこも人並みで活気づいていました。
   どうやらインバウンドのお客様も沢山訪れているようでした。
   新しい街並みというより昔からの商店街ですが、懐かしいような独特の雰囲気に
   包まれて賑わっていました。
  
   なかでもとても驚いたのは、今でも秘密の店が何十件と連なっている場所が
   あることでした。
   昔の遊郭の後に出来上がった現代版の秘密の店のようでした。
   
   どこか雑然としながらも、懐かしい新世界もよかったですが、
   2014年3月に開業した、日本で最も高い超高層ビル”あべのハルカス”
   で大阪のまちを一望し、不思議な魅力を感じた二日間でした。
   
   株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2016-09-15 18:31
コンサルNSPの新潟集会に参加して
      コンサルNSPの新潟集会に参加して

    
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        コンサルNSPのメンバーとスノーピーク社前にて(前列左から3人目が廣野)

 ご無沙汰してしまいました。
 新たな事業を始めたことで、超多忙になってしまい、あっという間に一週間が過ぎていって
 しまいます。
 疲れ気味なこともあって新潟へのコンサルNSP集会は、体力がもつか心配しながら
 新幹線にのりました。
 
 新潟と言えば名古屋から新幹線で東京まで行き、東京から
 新潟まで、約6時間もかかるのですね。
 一泊二日の新潟集会ですが、前日の午後2時半頃名古屋を出発しました。
 
 途中、残念ながら曇り空で富士山は見ることができませんでしたが、新幹線のなかは
 ゆったりと快適でした。
 新潟に入ったころは夕焼けの時間で、茜色の夕日が
 田園風景を染め、シルエットになった山々が素晴らしく「アー来てよかった」
 と幸せな気分になりました。
 
 燕三条駅を降りた頃には、澄み切った空気の空に星がいっぱい輝いていました。
 こういう時に幸せというのは感じるものなんですね。 
 
 コンサルNSPというのは、日本商業立地プロジェクトチームの略で黒須靖之先生が
 昭和50年代頃に創られた、コンサルタント集団です。
 メンバーは北海道から九州まで各地にいまして、年2~3回集会を開いています。
 
 私はコンサルタントとして独立した当初にメンバーとなって、早25年の歳月が流れ
 てしまいました。
 街づくり・店づくりの商業コンサルタントとして独立した私は、やがてITの会社を創業し
 15年にわたり必死に生きてまいりました。
 
 そのITの会社も業界でも認められる存在となり、優秀な人材を得て事業承継を
 果たすことができました。
 
 いま、こうしてM&Aのアドバイザーとして仕事をさせて頂いている、不思議なご縁を感
 じています。
 でも、私の原点はこのコンサルNSPであることは間違いありません。
 懐かしいメンバーと年に数回会うこの集会は、私を元気にさせてくれる大切な場なのです。

株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2016-06-15 18:36
会社を売却する時はこんな心理状態で決断する
体調を崩して医者にとめられ会社売却を決断


ずいぶんご無沙汰をしてしまいましたが、つい毎日の業務に追われていつのまにか3月に
なってしまいました。
私が携わった最近のM&Aの売却案件についてお話をしてまいりたいと思います。

40代半ばのこれからという経営者の方でした。

会社を売却しようと決断することは、一人の人生の方向転換をする大事な局面であることに
ちがいはありません。
この企業の経営者は先代社長が病気で急逝して社長に就任しました。
譲渡するまでの期間は一年半ほどの短い社長期間であったことも特質
すべきことと言えるでしょう。

以前から営業中心でやってきて、経営には全くタッチしていませんでした。
突然の先代社長の急死は思いもよらない出来事だったようです。

社長が亡くなっていざ会社の内部を開いてみたら借入金が多く途方に暮れる状態でした。

それでも必死で銀行との交渉を終え、ようやく会社の全容も把握できるようになってきた頃
だったのでしょうか。
毎日、深夜の2時や3時に眠りにつくような日々が続き、心労も重なったせいで
しょうか、体調を崩して医者にかかるようになりました。

病院通いの日々が続き思わぬ医者からの宣告を受けることになってしまいました。
「これ以上仕事を続けたら命を縮めることになる」

医者のこの一言で会社を売却することになったのです。

決断するまでの迷いや苦悩はかなり大きかったと思います。
それから5か月後、会社を株式譲渡し別の道を歩むことになりました。

会社経営とはいろんな問題に直面します。
いつもその問題を打ち破りつつ企業は成長していくものです。
ただ、それによって体調を崩し命を縮めてしまってはいけないのです。

人生の選択肢はいろいろあります。
別の方向で生きていく選択も生きていくうえで重要なことではないでしょうか。

株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2016-03-09 18:16
ホームページをリニューアル中です。
c0302053_9502474.jpg11月中旬になりますと
い よいよ秋が深まって、街路樹の木々も
紅葉が始まってきました。

夜の街並みは早くもイルミネーションがキラキラと光り活気に満ち溢れています。

新事務所は名古屋の栄にあります。

名古屋駅から地下鉄東山線に乗り、一つ目の「伏見駅」
で下車し徒歩2分ほどの便利な場所にあります。

伏見駅を降りますと今は工事中の御園座が目の前です。

まわりは比較的静かなオフィス街といったところでしょうか。

いまホームページをリニューアル中です。

新事務所の移転や、社長を迎えたことで、
ホームページから積極的に情報発信をしてまいります。

お客様に便利な売却情報や買収情報そして、業界の新たな情報を随時流して
いきたいと考えています。

よろしくお願いします。

株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2015-11-15 11:30
女将が病気になったある旅館の事業譲渡
   ~  病気になってどうしても旅館を継続できなかったら  ~

これは長野県のある旅館の女将の事業譲渡に至ったお話で゛す。c0302053_1122367.jpg

女将は長年働きづめによく働いてきた人でした。
客室は25室、源泉かけ流しのこの旅館は結構繁盛しています。

女将の自宅は近くにあるのですが夜の宴会で遅くなるときは宿で泊まって仕事に専念してきました。

ご存じのように観光旅館では夜の宴会が入って遅くまで働き、朝は早くから朝食のお客様で忙しく
長い時間働いているというのが女将の仕事です。

そんな日々で無理が重なったのでしょうか、数年前から体調を崩し一週間のうちに3日~4日病院
へ行くほど悪くなっていき、とうとうこれ以上旅館を継続できない状態になっていきました。

そんな姿を見て東京で飲食店を経営する長男のK氏は、母親である女将と事業を譲渡することを
決意したのでした。

事業譲渡の場合は、旅館の施設や料理長・仲居、掃除等の従業員、そして仕入れ先、から外部と
の取引先もそのまま引き継ぐことが多いので、とてもスムーズに事業の引き継ぎができるのです。

譲渡する旅館側も譲渡を受ける買入れ側もすぐに営業開始ができることが大きなメリットです。

事業譲渡に対する譲渡金額は財務内容を勘案して譲渡金額の計算を行い、別途、賃貸借契約に
基づいて月々の支払をしていくことになります。

事業譲渡を行って女将は病気療養に専念できることで、とても明るく元気を取り戻しつつあるようです。

昨今では、後継者がいない場合が結構見受けられます。
この女将のように病気で事業が継続できないことも起きてきます。

株式譲渡も事業譲渡もいずれの場合も事業を休業してからでは遅いのです。
旅館の勢いのあるうちに次なる方法を考えていくことが、
よい結果が生まれてくるのです。

事業承継・株式譲渡・事業譲渡などのご相談は当社へご連絡ください。


フリーダイヤル 0120-758-188   

担   当     廣野 嘉代子    小川 康彦

メ ー ル  hirono@hrconsul.net(廣野)
      yasuhiko@hrconsul.net(小川)   

※ご相談は秘密厳守で応じさせていただきますので、ご安心ください。

株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2015-11-12 16:33
もっと笑おう日本
TOMAコンサルタンツグループ
「藤間秋男の元気が出るビデオレター」に心に響く言葉がありました。
笑いには大きな効用があるのですね

          『もっと笑おう日本』

筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より。
もうダメかもしれない…と思うような絶望的な状況に陥ったときに、
私たちができることは何でしょうか。

どんなに賢く利口な人でも、その人の「すべて」が取り上げられてしまうような
状況下では、ただただ絶望することしかできないかもしれません。
むしろ、周囲を思い通りに動かしていたような賢い人ほど、
それが不可能になったことにひどいショックを受けるものでしょう。

しかし、じつは絶望的な状況であればあるほど、
「バカな力」が有効になってくるのです。
オーストリアの精神科医・心理学者であったヴィクトール・フランクルが、
自身のナチス強制収容所体験に基づいて書いた『夜と霧』(みすず書房)という
有名な本があります。

その本の中で、彼は笑いやユーモアの重要性を教示しています。
いつ殺されてもおかしくない過酷な状況の中で、彼はこう考えました。
この場所では、人類がいまだかつて誰も経験したことのない壮大な心理実験が
行われているのだ。

これ以上ない絶望的な状況で、人間はどうすれば生き延びることができるのか。
その実験を後世のためにしているのだ、と。
そして、彼はみんなで生き延びるために「一日一回笑おう」
「みんな笑い話をつくってくれ」と言い、
「笑いの力」を「一日を生きる力」に変えていったのです。

過酷な状況、絶望の淵にいる人を救うのは、「笑い」というある種バカな力である…。
もちろんフランクル博士がその力で過酷な収容所生活を生き延びた事実は、
世界中に知られているとことと思います。

じつは、その事実を、人類は古来から理解していたのかもしれません。
日本の神話の世界でも、天照大神(あまてらすおおみかみ)の
天岩戸(あまのいわと)隠れのお話で「笑い」が重要な役割を果たしたことが伝えられています。
弟である須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴狼藉を悲しんだ天照大神が天岩戸に隠れると、
世の中は闇に包まれ、作物も育たなくなってしまいました。

そこで八百万(やおよろず)の神が集まって合議し、さまざまなな儀式を執り行い、
女神であるアメノウズメはストリップさながらに踊ったのです。
それを見た八百万の神が一斉に笑い、その大きな笑い声が高天原(たかまのはら)に
響いたのを聞いた天照大神が不思議に思い、
天岩戸の扉を開けたところから、また世の中に光が戻ったというお話です。
もちろん、これは神話ですから、事実に基づいているわけではありません。

しかし、そこには後世に伝えるべき「何らかの真実」が含まれていると思うのです。
すなわち、大ピンチのときほど笑いが必要だ、
笑いの力で困難を乗り越えていくべきであると。

みなさんに身近な例で言えば、学校や職場で嫌なことがあったり、
とにかくひどい上司がいたとしましょう。
そういうときは、遠慮なく笑い飛ばせばいいんです。

ひどい上司なども冗談のネタにしてやるぐらいがちょうどいいのです。
嫌なこと、苦しいことは、みんなで笑いに変えてしまう。
それは、相手を冷笑するという意味ではなく、
本当におかしみを感じるような、笑いの世界に持っていくということです。

ナチスの収容所内でそれができたのですから、いまの日本でできない訳がありません。
東日本大震災以来、日本はいろんな困難を抱えています。
それを「頑張ろう日本」ではなく「もっと笑おう日本」にした方が、
結果的に困難を乗り越えられるのではないでしょうか。
私は本気でそう思っています。

(『どうせ生きるなら「バカ」がいい』村上和雄&宮島賢也 著 水王舎)より

「絶望した人間に笑いを蘇らせることは、
その人間を生き返らせることに他ならない」(ピーター・ドラッカー)
アメリカのジャーナリスト、ノーマン・カズンズは、
笑いによって自らの難病を治癒させた人として有名です。

病気と同様、失意のどん底にある人、
たとえば倒産の危機に瀕している経営者を救う方法としても、笑いが有効だ、という。
笑いには、心が明るく元気になり、リラックスでき、心がゆるみ、心に余裕ができるから
自らを客観的に見ることができ、そして免疫力が高まるので健康になる、と様々な効用がある。

まさに、デール・カーネギーの言うように、
「元手がいらない。しかも利益が莫大。 与えても減らず、与えられたものは豊かになる」
という最高の贈り物だ。

「もっと笑おう日本」
笑いで困難や試練を乗り越えたい。

~hiro-sanさんのブログ「人の心に灯をともす」より~

株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2015-07-22 17:13
トラック運転手から社長へ
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後継者問題で悩んでいた清水二朗会長は、社員教育で一人の
従業員に目が留まった。
「あの男は磨けば光る」
トラック運転手だった従業員を社長に抜擢した。


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株式会社HRコンサルタンツ  廣野 嘉代子

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by hrconsul | 2015-07-10 18:10
税理士事務所から「日本笑いヨガ普及協会」へ
        ハッピーリタイアを応援
       税理士事務所を後継者にバトンを渡し、「日本笑いヨガ普及協会」へ

 税理士業を始めて45年、吉見典生さん(71歳)は今年の1月に後継者
 の娘さんに、税理士事務所を渡し新たな人生のスタートをきった。

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by hrconsul | 2015-07-09 18:57
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「時計・宝石・メガネ専門店」老舗の秘策

時計・宝石・メガネの専門店の91歳の生涯現役の経営者が、
県下では屈指の成長を遂げたその秘策を公開します。

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by hrconsul | 2015-05-07 18:15
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